「おおきな木」シェル・シルヴァスタイン

おおきな木

おおきな木

 

 少年の成長とそれを見守るおおきな木のお話です。

 このお話は、親の子に対する愛情と見ることもできます。私は、なんとなくキリスト教と結びつけて考えてしまって、「神」と「神の子」というふうに見えたりもしました。

 なんというか、温かい環境や恵まれた環境で育った人たちは、この絵本を読んだら、きっと慈悲深い愛の話だと思うのかもしれません。いや、実際に一面から見れば「無償の愛」でしょう。確実に。

 

ここからネタバレ内容

 (なので、少し余白を…)

 

 だけど、私のようなひねくれた人間から見ると、「おおきな木」側の何もかも投げうって与える姿の美しさよりも、「少年」側の何もかも奪い尽くすずうずうしさの怖さのほうが、圧倒的にリアリティがあるのです。

 もしかしたら、育ちの良い人達、宗教をお持ちの人達にとっては、おおきな木が理想的な姿に見えて、おおきな木のようになりたいと思うのかもしれません。

 ですが私のような卑小な人間にとっては、おおきな木になるような理想よりも、ずうずうしい少年のようにならないように気をつけることで精一杯のような気がしています。「いや、君のことを切り倒すなんて、とてもできないよ。」と言える人間でありたい。そこで踏みとどまれる人間になりたい。私にできることはせいぜいそのくらいのことだろうなとしか思えないんです。

 私は、自分自身が生きるのでいっぱいいっぱいなので、与える側になるよりも、奪う側になる可能性のほうが高いような気がしています。いや、社会福祉を受けた時点で人様の税金のお世話になった身なので、もうすでに多少は奪った側なのかもしれません。

 子供に読み聞かせるのも良いかもしれません。若い人が読めば、愛について考えるきっかけになるかもしれません。そして、大人、あるいは老人にとっては、ものすごく哲学的な問いかけをしてくれる絵本ではないかと思います。

 イネイブラー、ギバー(与える人)、テイカー(奪う人)、マッチャー(損得のバランスを取る人)という言葉を調べつつ、この物語を読むと、とても面白いと思います。ちなみに「与える人・奪う人」的なお話はTEDで放映していた気がします。見つかったら見てみると良いと思います。

 

TEDのギバー&テイカーの話を見つけたので貼っておきますねー。 

 

www.ted.com

 

追記

◆ほんだきんいちろう訳.1976.1

おおきな木

おおきな木

 

 

村上春樹訳. 2010.9

おおきな木

おおきな木

 

 

 ◆ふじたたまお訳. 1976.9(見つけられませんでした。)

 

の三人の翻訳があるみたいですね。私は村上春樹、ほんだきんいちろバージョンしかしらないのですが、ほんだきんいちろうのほうがマイルドで抽象的、村上春樹の訳し方は大人っぽく、問題提起風味に寄せてある感じがしました。

 

◆英語が読める方は原作を読むのが一番良いかも。

「アメリカインディアンの教え」加藤諦三

この増田を読んで思ったことを書きます

【追記あり】子供の泣き声に耳栓されて心が折れた

続・子供の泣き声に耳栓されて心が折れた

 

当時の母親達に響いたアメリカインディアンの教え

 結論から言うと、この増田にもはてなーにも「アメリカインディアンの教え」を読んでほしい、それが一番手取早いと思うことがしばしばあります。

 記憶違いでなければ、「アメリカインディアンの教え」は私が若い頃に「育児本」「教育論」的な扱いで大ヒットした本です。私がなぜこの本を知ったかというと、職場の社長の妻を筆頭に、子供を持つ中年女性の常連客達の間で大ヒットしていたからです。私の職場は、社長の妻とも常連客ともおしゃべりする職場(それも仕事のうち)だったので、彼女らがこの本を読んで、熱く自分の親や自分の子育てについて語り合っているのを聞いて、私も読んでみたくなったのです。

 人によって、心当たりのある部分は違っていて、私はこの部分で泣いた、私はあの文章で泣いたとか大騒動でした。私も、ボロボロと号泣しながら読んだのを覚えています。どの部分が響いたのかは忘れてしまいましたが。

 さらに、彼女らは40代~50代で、難しい時期の子供がいたりして、私が脳みそが思春期から抜け出せていないような感じだったので、「高円寺さんみたいな、子供の側がこれを読んだらどう思うのか教えてほしい。」という要望もあり、読んだような気がします。

 

アメリカインディアンの教えは親が子に与える影響について書いている

 アメリカインディアンの教えは以下の8章から語られています。

  1. 批判ばかり受けて育った子は批難ばかりします
  2. 敵意にみちた中で育った子は誰とでも戦います
  3. 冷やかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
  4. ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
  5. 心が寛大な人の中で育った子は我慢強くなります
  6. はげましを受けて育った子は自信を持ちます
  7. ほめらる中で育った子は、いつも感謝することを知ります
  8. 公明正大な中で育った子は正義心を持ちます

 私は、元増田に「育児ノイローゼ」と書きましたが、私自身もメンタルがまいっていると、責められてもないのに責められているような気分になってしまったり、相手は私のことを何とも思ってなくて合理的に接しただけなのに嫌われたと感じててしまうことはあります。要するに被害妄想です。

 しばらくたって落ち着くと、私の考え違え・気のせいだと思えるのですが、メンタルが弱っている時はそうは思えません。じゃあ、なんで、私はそんなにも簡単に被害妄想に陥ってしまうのかと考えると、私の場合は1~4までは全て当てはまっているうえに

 

■裏読みした場合のアメリカインディアンの教え

  1.  批判ばかり受けて育った子は批難ばかりします
  2. 敵意にみちた中で育った子は誰とでも戦います
  3. 冷やかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
  4. ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
  5. 心が寛大でない人の中で育った子は我慢ができない子になります
  6. はげましてもらえない中で育った子は自信を失います
  7. ほめられない中で育った子は感謝しないどころか、人の足を引っ張ってまで自分がほめられようとします
  8. 公明正大でない中で育った子は社会を恨みます

と、読み替えると、5~8も全部当てはまってるんですよね。要するに「愛」のない養育環境で育ったから被害妄想を持ちやすいってことです。

 

アメリカインディアンの教えを上記増田に当てはめると

 もし、上記の増田の生育環境に問題があったとしたら、

  • ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
  • はげましてもらえない中で育った子は自信を失います

あたりが、当てはまりそうです。単に育児ノイローゼからくる被害妄想だった可能性も高いので、生育環境に全く問題はなかったかもしれませんが、当てはまるとしたら、この二つかなと思いました。

 

また、生育環境と同時に、心理では人の性格をおおざっぱにタイプA・B・Cと分けるやり方もあるらしく、この増田はCに入りそうで、そういったことが重なって、とても悲しい気持ちになったのかな?と思いました。

詳しくはこちらの記事でどうぞ。

タイプA、タイプB、タイプC性格とメンタルヘルスの関係

 

私は社会に出てからのほうが大切にされた

 私は生育環境が悪かったので小学校まではひどくひねくれていた上に、毎日のように「死にたい」「家族全員を殺したい」と思っていました。ですけど、中高と非常に寛大で優しい先生に出会ったこと、働いた先の上司、同僚、お客さんが私を教育してくれたことで、随分人生が変わりました。さらに大学時代の友人たちにも下記のような態度で接してもらっていました。

 だからこそ、今の私があると、彼らには感謝の気持ちしかありません。

 

■いいとこ取りしたアメリカインディアンの教え

  • 批判を受けずに育った子は批難しない子になります
  • 敵意のない中で育った子は誰にでも寛容になります
  • 冷やかしを受けずに育った子は自己表現ができるようになります
  • ねたみを受けずに育った子はいつも人に優しくしようという気持ちになります
  • 心が寛大な人の中で育った子は我慢強くなります
  • はげましを受けて育った子は自信を持ちます
  • ほめらる中で育った子は、いつも感謝することを知ります
  • 公明正大な中で育った子は正義心を持ちます

 私は、育児放棄+精神的・肉体的虐待の中で育ってきましたから、基本的な礼儀作法、マナーなんて知りもしないし、人とのコミュニケーションの取り方もおかしかったんですね。父親に全力で批判されて生きてきたので、大学に入ってからも気に入らない相手は全力で批判してました。本人に向かってね。それが、悪いこと、相手を傷つけることだなんて思いもしませんでした。だって、私自身が親にやられてきたことですから、ナチュラルに人を批判する癖をつけていたんですよね。

 それも歳をとったから客観的に言えるだけで、その当時は自分が相手を批判しているという自覚さえなかったと思います。たぶんですけど、「思ったことを言ってるだけ」程度にしか思ってなかったと思います。

 大学に入るまでは、寛大な心で受け止めてもらえる、はげましを受ける、ほめられる、なんてことは高校の先生くらいにしかしてもらったことがなかったんですよ。

 だけど、大学(夜間)入って、仕事を始めると、あちこちで不遜な態度をとる私に「やんわり注意してくれる人」っていうのが結構いたんですね。「そういうことは、こうこうこういう理由でやらないほうがいいよ。」とか「それは、もうちょっとこういう言い方をしたほうがいいよ。」とか、「どうして、そういうふうに考えるの?」みたいな感じで、絶対に私の言動を責めずに「不遜な態度」の理由を聞いて、分析して、私に分かるような分かりやすい言葉で諭してくれたんです。

 そのような人が、一人ではなくて沢山いたから、私は人間関係的にはすごく恵まれていたほうだと思います。

 

ネットにも結構いる

 はてなのブログやブコメを読んでいると、自覚的、無自覚かは置いておいても、生育環境からくる「認知の歪み(?)」的なものを持っているであろう文脈の人が結構見かけられます。そういうのを見るたびに、「あー、若い頃の私みたいだなー」って、しみじみします。こういう人達は「寛容さに包まれる機会が少なかったんだろうなー」って。

 はてなを始めた最初の頃は、はてなは「皮肉ぽく」書くのが様式美なのか?という空気を読んで、皮肉ぽくコメントしてましたが、ネットの距離感でそれをやったら誤解を招くし、相手が傷つくんだと気づいてやめました。リアル友達とだと皮肉合戦で笑いあっているので、当初、その感覚でネットに書き込んでました。ちょっと距離感が近すぎでした。すみません。

 そんな反省も含めて、現在は「私が人様から受けた寛容さ」を社会に還元したいという気持ちで、記事やコメントを書いているつもりです。そんなんばっかりだと面白くないという人もいるみたいだけど、現在の私はこのスタンスかな。

 

アメリカインディアンの教えを読んで欲しい人

  • 理由は分からないけど、生きるのがしんどいって感じてる人
  • 理由は分からないけど人から嫌われやすい人
  • 理由は分からないけど人から批難・批判されやすい人
  • 人間関係がうまくいかなくて困ってる人
  • 自分の親は毒親ではないかと疑っている人
  • 子育てに自信が持てない人
  • 自分に自信が持てない人

などに、特に読んでほしい本です。

 

アメリカインディアンの教えを読むにあたっての注意事項

 この本は、親が子供に与える影響について書いた本でもありますが、著者の加藤諦三が壮絶な父親叩きをしている本でもあります。私や夫、私の周囲ではこの本に良い影響を受けた人が多いのですが、担当の精神科医にこの話をしたら「悪い影響を受ける人もいる」とのこと。

 何のことかと考えてみたら、恐らくですけど、自分に現在起こっている問題を全部親のせいにするための材料、つまり親叩きの材料にする人もいるのではないかと思いました。毒にも薬にもなる本だと。

 この本は機能不全家庭を責めるため、毒親を叩くためではなく、自分自身が毒親にならないため、機能不全家族を作らないために読んでほしい本です。また、毒親になるには悲劇的な背景があるという視点でも読んで欲しいです。親のこの言動のために自分はこの考え方になってしまったんだ、それを改めてもっといい人生にしよう、と自分自身を許せるようになるために読んでいただきたいです。

 

まとめ

数十年前に、母親たちに大人気だった「アメリカインディアンの教え」ですが、「続・アメリカインディアンの教え」というのも発行されました。ですが、私には「続・アメリカインディアンの教え」はピンときませんでした。

 そのことを、職場の主婦たちに話すと「それは、まだあなたが子供側の立場しか体験してないからよ。続~は、親側の立場から書いた本だから、私達には続~のほうが響いたよ。」と言われました。今、手元に「続・アメリアインディアンの教え」がないので、読めないのですが歳を重ねた今なら心に響くのかもしれません。

アメリカインディアンの教え (扶桑社文庫)

アメリカインディアンの教え (扶桑社文庫)

 

私の好きな漫画*おすすめの大人向け漫画

 この増田を見て、好きだったなぁと思い出せる漫画を列挙してみました。増田にある漫画は割と新しいものが多いのかな?という印象があったので、私の好みはちょっと古いかな?とか、有名すぎるかな?と思いました。あと、大人向けの作品が多いので、子供向きではないですね。

 てか、かなり長い間、漫画を読んでいない気がするので、昔の名作はここら辺を抑えとけば大丈夫的なリストになってしまってるかもしれません。


手塚治虫のおススメ

火の鳥

アドルフに告ぐ

奇子(あやこ)

来るべき世界(フウムーン)

ブッダ

ブラックジャック

W3 

戦争モノ

石の花

はだしのゲン

ペリリュー楽園のゲルニカ

宇宙もの

超人ロック

地球へ…

銀河英雄伝説

銀河鉄道999

アンドロメダ・ストーリーズ

恋愛もの(青春群像ドラマ)

オルフェウスの窓

ベルサイユのばら

ファラオの墓

風と木の詩

めぞん一刻

ハチミツとクローバー

はいからさんが通る

キャンディ・キャンディ

ジョージィ!

楽しいお話

動物のお医者さん

パタリロ

うる星やつら

有閑倶楽部

江古田ちゃん

人間ドラマ

緋の稜線

家裁の人

人間交差点

課長島耕作→会長島耕作

カバチタレ

ファンタジー

高橋留美子人魚シリーズ

アタゴオル (猫好きの方におすすめ)

ナウシカ

ハードボイルド

ゴルゴ13

シティハンター

コブラ

スポーツ

エースをねらえ!

スラムダンク

あしたのジョー

キャプテン

「ひとりでも生きられる」瀬戸内寂聴

 人というものは社会というものに放り込まれると、おのずと自らの所属する社会の「道徳観、倫理観」と「自分の信念、自分の道徳観、倫理観」をすり合わせながら、バランスをとって生きていかねばならなくなります。

 瀬戸内寂聴は、それらの体験や葛藤を(私)小説やエッセイで描くのが、とても得意な作家だと思っています。そして、あまりにも正直に赤裸々に持論を展開するため、その時代時代で波紋を呼んだのですが、その行動力がまた、爽快です。

 出家なさった後だからこそ書けることかもしれませんが、彼女の人生は火のついた石ころのようなもので坂道を転がり落ちていきながら、周囲の多くの人たちを巻き込んで、さらに大きな火だるまになって、速度を上げて転がり続ける、私にとってはそんなイメージがあります。

 恋愛の場数を踏んだ人間なら、恋愛に既成の道徳観や倫理観など通用しないことなど分かりきっていることでしょうし、逆に恋愛というものがそれほど収拾のつかないものだからこそ、それぞれの社会で道徳観や倫理観、法律などで厳しくそれらを戒める必要があるのだとも思えるでしょう。この「一人でも生きられる」は特に「愛」や「恋愛」について、また男と女のありようについての寂聴氏独特の持論が展開されています。

 例えば上記のように倫理観や道徳感を飛び越したところで大きな火だるまに巻き込まれたとして、あるいは巻き込んでしまったとしましょう。私自身はポーカーフェイスで内面の葛藤を恋愛相手に見せないタイプですが、内面では色々なことが起こっていてよく女友達に相談していたものです。そういった時に怒り、悲しみ、深く傷ついたとしても、その一瞬に全ての情熱を注いだその時間というものは、私にはかけがえのないもので、ひとかけらの後悔もないのです。そして不思議と甘美な思い出になってしまったりするのです。人を騙すような男性に出会ったのは2回だけですけどね(笑)そういったところが、私と瀬戸内寂聴をつなぐ共通の感覚なのではないかと思うのです。言うほど場数は踏んでませんけどね…

 恋愛にしても、人生にしても、人は常に、これでもかというくらい、次々に決断をせまられます。一時的には「決断」から逃げることはできますし、「決断」を人にゆだねることもできます。ですが、決断から逃げれば状況は変わらないし、人の言うことをうのみにして失敗した人は、その相手を一生責め続け、自分をかえりみようとしなかったりします。そんなことにならないためにも、是非この本を読んでみてください。

 恋愛や不倫、夫婦生活に迷う人々に、決断のヒントをもたらしてくれる良い本です。 

 

 

ひとりでも生きられる (集英社文庫)

ひとりでも生きられる (集英社文庫)

 

 

 

「生きて行く私」宇野千代

 私にとって、上記のお二方は上品すぎて、とても手の届かないような憧れの存在ですが、宇野千代氏、瀬戸内寂聴氏は、まるで自分を見ているような親近感や共感を持ってしまう存在です。

 

私の持論で、人にとってもっとも辛いことは

・自分らしく生きられないこと
・自分に嘘をついていること
・愛されていないと感じること

だという考えがあります。

 

 少なくとも私はこの3つの全てに当てはまってしまったら死んでしまうか、狂ってしまうのではないかと思います。宇野千代氏は明治生まれの方で、まだまだ女性に対する制約の多かった時代に、まるで現代人かのように自分の人生をいきいきと鮮やかに生き女性です。(特に男性からの)愛情を獲得することに貪欲で、自分の気持ちに正直に生き抜いて亡くなられました。

 世間で一般的であるとされている道徳観や倫理観などは気にかけず、「自分の気持ちに正直に生きる生き方」は、世間様の強い反感や嫉妬をかったであろうし、多くの常識人とされている人々を不愉快にさせ、傷つけ、巻き込んでいったに違いありません。

 それでも、宇野千代氏の生きる姿勢は常に悪気がなく、明るく、あっけらかんとしていて、どんなに非常識で無茶苦茶をしていても、どこか憎めない愛される何かを秘めています。「生きていく私」はそんな宇野千代氏の自伝的著書です。周りの人間が自分をどう評価しているかなど全く気にせずに「自分の人生を生きる」という、いさぎよい生き方。そして、愛するということ、創造するということに、全ての情熱を注いで、他のことに目もくれない一途な生き方。是非、堪能していただきたいと思います。

 また、宇野千代氏は、どんなに年齢を重ねても、どんなに苦境に立っても自分を信じ、人生を楽しみ、「生きることは行動すること」と言い切り、その生涯に渡って、何かしら行動し続けました。ああ、何歳になっても好奇心と自己肯定感さえあれば、何とかなるもんだなぁ…と、不思議な勇気が沸いてくる一冊です。

 

生きて行く私 (角川文庫)

生きて行く私 (角川文庫)

 

 

「生きがいについて」神谷美恵子*おすすめの本

 この本を書かれた神谷美恵子女史は心理学者でハンセン氏病患者の心のケアに尽力した方です。また若き日の美智子妃殿下の相談役としての立場にもおられました。ハンセン氏病=らい病について私は良く知らないのですが、容姿が大きく変わり体のいくらかの部分が膨れ上がったり色が代わったりする症状については見たことがあります。宮崎駿の「もののけ姫」で包帯をまいて銃を作っておられた方々はハンセン氏病の方たちがモチーフであると思われます。

 実際には空気感染はしない病気だと後に判明するのですが、空気感染し母子感染すると考えられて時期があり、その時期はハンセン氏病患者には強制隔離政策がとられていました。空気感染するという誤解から家族から引き離され、母子感染するという誤解から子供を作ることも許されないという過酷な状況。また、その容姿の変貌から差別を受けやすく、無癩県運動(むらいけんうんどう)等により、ハンセン氏病への偏見は強まる一方でした。

 そういった偏見が強まったため、ハンセン氏病の家族ですら、自分達の「家系」から「らい病」が出ことを隠したいがために、彼らの存在自体を世間に隠す、療養所に送り込んで存在そのものを消してしまうという差別を余儀なくされていたのでした。

 このような「生きがい」というものを全く見失ってしまいそうな隔離社会においても、一部の患者は今現在自分の置かれている場所で、やるべきことを見つけ、あるいは作り出し、それに「生きがい」や「やりがい」と見つけていきます。そしてある人たちは、「人生など時間つぶしにすぎない。」と卑屈になりニヒルに逃げます。そういった人達の間にはどういった違いがあるのか?生きがいを失った人たちはどういった機会にもう一度生きがいを取り戻すことが出来うるのか、そういったことの書かれている本です。

 これはハンセン氏病患者に限らず、一般社会でも同じようなテーゼがあるように思います。人生の「生きがい感」「無意味感」は、どこで、どういった機会に、何によってもたらされるのでしょうか。例え、それが、社会からドロップアウトしたように見えるホームレスの方々であっても、同じ公園や川辺に住み、人が集まり始めると、そこに社会ができ、秩序をたもつためにルールができてゆくようです。そしてまた、小さな共同体の中で同じような問題が起こります。

 私自身も病床のおり大規模MMOというタイプのインターネットゲームに依存していました。そこに人が集まるかぎり、例えバーチャルであっても社会ができ、人間関係ができ、そこに「居場所」や「やりがい感」を求めてしまいまいた。持病があり体が動かない事情はありましたが、今となっては、実社会に実態を持たない「居場所」や「生きがい感」は非常に危険だっと思います。少し、話がそれてしまいましたが、人生の「生きがい感」「無意味感」のヒントがたくさん書いてあるので、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

 

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)

 

 

「橋をかける」 美智子*おすすめの本

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私のあこがれの女性

 私には、憧れの女性が2人います。お一方は美智子妃殿下、もうお一方は神谷美恵子女史(心理学者でハンセン氏病患者の心のケアに尽力した方。)です。神谷美恵子女史については後に書くとして、このお二方の生き方や文章は非常に優しく女性らしく凛としてたくましい。

 

私が「橋をかける」を知ったきっかけ

 実は私がこの内容を知ったのは、1998年9月のことです。インドのニューデリーで開催された国際児童図書評議会第二十六回世界大会において、ビデオテープによって上映された美智子妃殿下の基調講演を見たことがきっかけで、この本の存在を知りました。

 

 このスピーチは、美智子妃殿下の子供時代の読書体験をもとに「子供が本を通して学ぶ平和」について、美智子妃殿下独特の美しい文体で語られました。スピーチの内容、美しい日本語の文体、美智子妃殿下の優しい語り口、そのあまりの美しさに感動で涙が出てしまったような記憶があります。私の家にテレビを録画する設備がないことをとても悔しく思ったものです。

 

 そして、そのスピーチに感動した方が多かったのか、しばらく後にその内容が「橋をかける」という題名で出版されました。私は、それを知ってすぐさま書店に向かったのでした。

 

「橋をかける」の素晴らしさ

 この本では、「本」が与えてくれるものは、知識のみならず、喜びや悲しみ、心を動かされる体験や癒しなど、人によって様々であることが、分かりやすく説明されています。

 美智子妃殿下が子供時代にどのような本を読み、どのように感じたか、ということが書かれていることも興味深いです。また、その読書体験がご自身の考え方にどのような影響を与えたかについても書かれています。

 良くも悪くも、「本」は人間の人格形成に計り知れないほどの大きな影響を与えます。そういった意味で、人生においての「本」への親しみ方、たずさえ方を指し示してくれるこの本は、本当にすばらしいと本だと思います。

 また、美智子妃殿下独特の優しく美しい語り口も是非楽しんでいただきたいと思います。

 

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橋をかける―子供時代の読書の思い出

橋をかける―子供時代の読書の思い出

 

 

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